2001年6月16日

毒書日記と銘打ちながら、本の話題も無ければとんと書くのを停止している
体たらく。今回は珍しく「本」の話題をしたいと思っております。
『JSA』を観てから、朝鮮戦争について興味が湧いてきまして、荻原 遼さま
の『朝鮮戦争』(文春文庫刊)に手をつけ、そして昨日から本日に掛けて、
『北朝鮮に消えた友と私の物語』(文春文庫刊)を読み終えたところです。
読んでいて恥かしくなりましたね。韓国では第二次大戦が集結して、李政権か
ら朴政権へと軍事クーデターが起き、光州暴動とか……驚異的な経済成長云々
は知っておりましたが、1945〜50年に掛けての半島の歴史。日本での
在日朝鮮人帰国運動に関して、余りにも無知すぎた自分が情けない……。

『朝鮮戦争』は、出版当初から軍事通の間では、非常に高い評価を受けていた
ことは存じておりましたが、自分が軍事面では今も昔も弱いのは変わらず。
ただ……空白の5年間を埋めたいなぁ……と思って読んでいたのですが、これ
一冊では「空白」は埋まらなかったのです。「通史」があってその上で読むと
インパクトがある本だろうなぁ……とは思っていましたが、今回の『北朝鮮に
消えた友と私の物語』を一読して、一挙に空白が埋まった感じです。

著者の萩原さまは、赤旗特派員としてソウル&平壌に一年住んでいた希有な
体験をされた方。その彼が自分の生い立ちから、北朝鮮へ「帰国運動」の際行
って「地上の楽園」に行ったきり……もう戻ってこなかった友人の行方をあら
ゆるルートを辿って探し……そして、過去に著した著作の取材光景ともオーバ
ーラップしていく構成は「私的ノンフィクション」の一つの結実では無いか?
と思ったのですよ。

ノンフィクションの在り方として「私」を出す方法と、出さずに第三者的記述
で迫る方法の二つがありますが、荻原さまの遣り方は「私」を出す方法。
これは『朝鮮戦争』を読んだときに感じましたが、「私」を出していても、
出てくる「事実」が重いインパクトを持っているし、「裏付け」をしっかりと
されているので、「私」の独白が生きてくるんですね。
取材が甘くて「私」を出すと……薄さを感じるし、かと言って第三者的記述
ならば完璧か?と言えばそうでも無い……

これを糸口にして、自分なりに「空白の5年間」を埋めていこうか?と考えて
おります。

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