毒書日記2006年度日記その46

2006年11月19日(日)【トレ】眺めは悪かった……

皆様、お今晩は。現在午後5時でして、雨足がかなり強く
なって参りました。今日の12時30分に
ゴールドジム・
イースト東京
に行った時にはパラつき程度の雨だったので
ちょっと意外です。さて、そんな天気を反映してか、ジム
内での眺めの悪さもかなりのものでして、新宿某所で見る
分には良いんでしょうが、ジムで見るにはちょっと……と
言う感じの方ばかりでモチベーションはやや低め。
これから昨日観た『プラダを着た悪魔』の感想を書かない
と……来週は月、火と2日間だけ出勤すれば、連休です(^^;

2006年11月18日(土)【トレ】チケット売り場の話

皆様、お今晩は。本日は2週間ぶりにトレを行ってきたの
でありますが、その前後の御報告を含めて書いて行きたい
と考えております。確か昨日より、東京フィルメックスが
有楽町・銀座地区を中心に開催されている筈ですが、その
裏でコッソリと開いているのが「東京国際シネシティフェ
スティバル2006」これが新宿ミラノ1にて11月23
日〜26日迄開催される……まあ、東京ファンタスティッ
ク映画祭の後釜的なものになるんでしょうか?
その内観たかったのが25日(土)の19:00〜上映さ
れる『パヒューム』でして、東京国際映画祭での上映を見
逃してしまったので良いチャンス。
で……話が長くなりましたが、近場のシネコンの入っている
サティ市川妙典にチケットぴあがあると知って駆けつけた
次第。運良く取れたので……それでは、ついでにクロージ
ングの『ディバーテッド』も……と目論んでいたんですが、
此方は完売との事。
チケットぴあも電子化の時代になって、窓口が減ったので、
近場にあると言う存在は益々もって貴重なものになってきて
おります。

で……今日のトレは、
ゴールドジム・イースト東京にて
腹部を除いた上半身全部位を行って参りました。明日の筋
肉痛が心配ではありますが、やれるときにやっておかない
と出来なくなる心配もあるので……。
今日のジムのイケメンさんは、アイスホッケーの選手らしき
外人さんでして、自分と同じ位の背の高さなんですが、同じ
人間でも何でこうイケているんだろうか……と嫉妬を通り
越して羨望の眼差しで見ておりました。
今晩の予定は、チケットを購入したサティの上の階にある
シネコンにて『プラダを着た悪魔』を観て参ります(^^)/~

2006年11月17日(金)今日は会議(>_<)

皆様、お今晩は。本日は三鷹にて通常業務後に現場責任者
が集まっての定例ミーティング。この会議には発足して
2〜3回は出席していたんですが、とんと御無沙汰になり
部署が変わったのを機に再度参加すると言う次第になって
おります。そんな訳でネタ的には殆どありません。
昨日から講談社選書メチエから出ている、河野仁さまの
『<玉砕>の軍隊、<生還>の軍隊〜日米兵士が見た太平洋戦争』
を読み始めているところです。博士論文に手を入れたと
あって、俯瞰として見ると中々なんですが「個人の歴史」
としてですと決定的に弱い。まあ……そもそも目指す方向
が違うんで仕方無いんですが……(^^;

2006年11月15日(水)【本】惜しくも絶版 名著!『硫黄島いまだ玉砕せず』

硫黄島で玉砕した兵士たちの魂を鎮めるため、敗戦後、
僧侶となった海軍大佐がいた。その名は和智恒蔵。
占領国となったアメリカと粘り強く交渉を続けたその
一生を描く。第41回菊池寛賞受賞作品。

この本が執筆されたのは、1991年11月〜92年
12月号迄雑誌「正論」に連載していたものを手直し
したものなのですが、『父親たちの星条旗』の原作者
の父であるジョン・ブラッドリーさまが未だ存命中の
事であり、「ウィスコンシン州で葬儀社を営んでいる」
との記載があったのには、ビックリ仰天!
今迄色々な硫黄島関連の書籍を読んで参りましたが、
ジェイムズ・ブラッドリー&ロン・パワーズさまの共著
『硫黄島の星条旗』より以前に6人の行方を綴った本
ってこれが初めてでは無いでしょうか?!(64頁〜
65頁)そんな事も含めて「目から鱗」の新事実が次
から次へと出てくるものだから、先に頁を進めたいのと
勿体無くて読み飛ばせない程の重みがあるんですよ。

この和智恒蔵さまは、硫黄島での戦闘が始まる前に
本土へ召還され、そこで戦後を迎えたのですが、その
無念もあって戦後間も無く、天台宗の得度を受け、
1949年に発足した宗教法人「白蓮社」の活動に
勤しむのですが、この「白蓮社」と言うのが、戦争犠
牲者並びにその遺族の救済を目指す活動を主な目的に
している団体でした(1953年に解散)
その白蓮社の活動の一環として、1952年に戦後の
僧として初の硫黄島上陸を果たし、この島に散った日
本軍兵士2万1千人、米軍兵士6800人の供養並び
に遺骨収集の旅へと出掛けております。その後、19
53年に硫黄島協会を設立して、協会の活動は現在
も続いております。この協会無くしては1985年の
硫黄島戦闘40周年日米の元兵士や遺族が一同に会し
「名誉の再会」を果たす事は無かったであろう事を
実に力強い筆使いで書き進めており、前褐した『硫黄
島の星条旗』に次いで日本側から見た戦後硫黄島の歴
史が一度に判る名著と言えるでしょう。
ただ、残念なことに文春文庫で文庫化されてからして
現在は廃版となっており、古書店或いは図書館にて借
りるしか入手の方法が無いのが惜しいところです。

硫黄島の歴史に興味を持たれた方は絶対に読んで頂き
たい一冊として強く推薦させて頂きます。

初代「大河浪漫を愛する会」大倉 里司

http://www.iwo-jima.org/
(硫黄島協会HP)

2006年11月14日(火)またしても歯医者(^^;

皆様、お今晩は。実は昨日の日記に書きそびれた事が
ありまして、前歯部分の差し歯が抜けてしまったので
すね(^^;
そんな訳で、本日行く予定の「タックス・ノット」に
関してはお休みさせて頂きました。m(_)m
今日歯医者に観て貰ったら、「これならばセーフです」
との事でチョチョイと治療をして完了。治療代350円也。

今日読み終わった上坂冬子さまの『硫黄島いまだ玉砕せず』
が余りにも凄いので、二度に渡って電車の中で読みながら
落涙……梯 久美子さまの『散るぞ悲しき−硫黄島総指揮
官・栗林 忠道』が大宅賞を受賞して、1993年のこの
本が何の受賞もしていないのが不思議……
日本版『硫黄島の星条旗』ならぬ『硫黄島の再会』と言う
べき白眉の内容。
感想の方は、明日が『硫黄島からの手紙』のワールド・
プレミアが開催されるのでそれに合わせてアップします。
それにしても、こんなに優れた本が絶版とは……惜しい。

2006年11月13日(月)【独り言】硫黄島の生と死

皆様、お今晩は。いよいよ明後日には『硫黄島からの手紙』
のワールド・プレミアが日本武道館で開催されます。
(自分は行けないけど……ボソッ(;;))
そこで、『硫黄島からの手紙』の大胆予測をしてみたいと考
えております。尚、これから書く内容は現在公開されている
『父親たちの星条旗』の内容に大幅に触れるのみならず、
12月9日より公開の『硫黄島からの手紙』についての無責
任な憶測が入っています。くれぐれも御留意してお読み下さ
い。





























第二次世界大戦で日米兵士の戦傷者の数で米兵の戦傷者の数
が日本兵の戦傷者の数を上回ったのは硫黄島だけであると言
う事は自分もつい最近知った事実なんですが、この数字には
裏がありまして、「戦傷者」と言うところがミソで、戦死者
と言うことで表せば日本軍21000人、米軍6800人と
3倍の差があるんですね。

硫黄島二部作の最初の作品『父親たちの星条旗』が、「生者
の苦悩」を描いた作品だと自分は思っていますが、第二作の
『硫黄島からの手紙』は「死者の無念」を描いた作品では無
いか?と今日フト思った次第なんです。
日本兵の内生きて島を出たのは、90パーセント以上が重傷
者でして、5体満足で島を出れた人って本当に数える位しか
居ないのでは無いかと思っています。
そして『硫黄島からの手紙』でも、主要登場人物の中でも
2人は死ぬのが確定しているので(爆)どう考えても明るい
映画に為る訳は無いのは間違い無いところ……。(涙)

では、『硫黄島からの手紙』の落とし所なんですが、『父親
たちの星条旗』のラストシーンに秘められているのでは?
と考えています。『父親たちの星条旗』では、擂鉢山の
「米軍戦勝記念碑」から二根浜を見下ろすショットで終わっ
ていますが、実は擂鉢山には、もう一つの記念碑があって
それは「日本軍硫黄島戦没者顕彰碑」なんですね……。
で……1995年に硫黄島戦闘50周年記念式典が、日米
戦没者遺族等によって開催された……この辺りが「落とし所」
では無いかと睨んでいます……(^^;
間違っていたら御免なさい。でも、そうすれば二部作にした
意味が出てくると思うのですが如何でしょうか?

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