(男)『硫黄島からの手紙』(3回目〜バロン西編)

皆様、お今晩は。自分がこれから書く内容は映画『硫黄島から
の手紙』の内容にいきなり入り込んだ内容となっております。
未見の方は(序章)だけお読み下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回取り上げるのは、硫黄島で唯一「個人」の慰霊塔がある人物。
伊原剛志さま演じた西竹一中佐(死後大佐に昇格)なんです。
その前に史実について触れておきたいと思っています。西竹一と
はいかなる人物であったのか?

西竹一は、1902年7月12日、西徳二郎男爵の三男として
生まれた。父・徳二郎は外務大臣や枢密顧問官などを歴任した
が1912年に徳二郎が亡くなるとその跡を継いで男爵となっ
た。1930年にイタリアで愛馬ウラヌス号に出会う。ウラヌ
ス号は陸軍から予算が下りず自費での購入であったが、その2
年後のロサンゼルス・オリンピックの馬術大障害飛越競技にて
金メダルを授与される。バロン西と呼ばれ米国社交界の花形的
な存在でありました。ところが日本ではそれを妬む人々が多く
所属していた陸軍では満州国の牡丹江戦車第26連隊長と移動
になり、最後は硫黄島に配属される結果となりました。
それからは映画に描かれた通り、硫黄島にて、3月17日に音
信を絶ち、3月22日、アメリカ軍の火炎放射器で片目をやら
れながらも、数人の部下らと共に最期の突撃を行い戦死したと
も、双子岩にて副官と共にピストル自決したとも言われていま
すが詳細は不明です。
そして、飼い主の後を追うようにして東京の馬事公苑で余生を
過ごしていたウラヌスも一週間後に死去したと言う恐るべき事
実があるんですねぇ。更に、映画の中でも収められていたウラ
ヌスのたてがみが、1990年、アメリカにおいて発見され、
現在では軍馬鎮魂碑のある北海道・本別町の歴史民俗博物館に
収められているとの情報もあります。


そんな超カリスマである彼を演じたのは、在日三世から日本国籍
へ帰化した伊原剛志さま。実を言いますと伊原剛志さまの事は、
この映画で初めて知った次第。
で……検索してみたら、在日三世であったこと、それから日本国
籍へ帰化した事等、人間的に見てもかなり興味深い人生の選択を
歩んできた御方です。

実際に統計を取った訳ではありませんが、この映画の中で「誰に
一番感情移入出来たか?」と言う質問をしたならば、清水か西郷
か?になると思うのですけれども、「だれが一番、好きなキャラ
か?」と言う質問をする事が許されるならば、恐らく西中佐が
段トツで一位になるのでは?と予想されるんです。

何故かと言えば、容姿端麗のみならず、部下思いでもあり、理不
尽な言動に対しては頑として撥ね付ける「強さと優しさ」を併せ
持つ現在では「絶滅危惧種」に指定しかねない程の御方。
そして、栗林忠道中将とは、「馬を愛するもの同士」でウマが
合っておりましたし、対米史観も一緒でした。(だから余計に
陸軍主流から外れてしまった)ですから、映画の中で栗林中将
が着任して、ジョニー・ウォーカーの黒ラベルを持参して、一献
と言うシーンもあっても不自然では無いんです。

このバロン西の見せ場は、洞窟の中で負傷した米兵に看護を行い
交流を図る……そして、米兵が息絶えた後、彼の母親が遺した
手紙を読み上げる……と言うのが、この映画を通しても一二を
争う名場面です。

何と!このエピソードが実話だったと知って驚きました!
余りに良く出来た話なんで「創作」かなぁ……と思っていたので
ありますが、まさか本当にあった話だとは……(涙)
その前段階として、捕獲した米兵をリンチに掛けて嬲り殺しにし
てしまうと言う殺伐としたシーンがあるだけに、余計にこの話が
活きてくるのであります。

副官である大久保に後任を任せる際に、その米兵が持っていた
手紙の一節を織り交ぜて「正しいと思う道を貫けば、それが正義
となる」(この部分は多分創作だと思います(^^;)と別れの演説
をして「貴方の部隊に居れて幸せでした」と言わしせしめる男。

話が前後しますが、西中佐が硫黄島に赴任した歳は43歳。そし
て伊原剛志さまがこの役を演じた時は42歳と推定されるので、
極めてナイスなキャスティングだったと思うんですね。国境の壁
を軽々と超えてしまったバロン西と、在日三世として生まれて、
18歳の時に単身上京し、身一つで現在の地位を確立した伊原
剛志さま……そして、他の出演者の為に参考資料として硫黄島
関連のフィルムや本を大量に提供したと言う彼。そんな姿を知
ると第一部の『父親たちの星条旗』でマイク・ストランク軍曹を
演じたバリー・ペッパーさまと重なる気がするのは自分だけで
しょうか?彼も、豊富な戦争映画出演の経験を活かして他の俳優
さんにアドバイスを与えていたと言う役割をしょっていたと言い
ます。

日米共にナイスなキャスティングを行って下さり感謝で御座いま
す。

さて、第四回目は、「余は常に諸子の先頭に有り」の栗林忠道
閣下を元日に鑑賞する予定で御座います。それでは皆様、良い
御年をお迎え下さい。

初代「大河浪漫を愛する会」大倉 里司
2006年12月26日丸の内ピカデリー1にて鑑賞)

皆様、お久しぶりです。西郷編同様に、バロン西編でも補充箇所
があります。米兵の手紙を読み上げるシーンについての出典なの
ですが、先日他界されました、故、城山三郎さまの『硫黄島に死
す』にてこの記述があり、「事実であった」と認定した次第です。
(2007年5月18日 追記)

 

「あ」行で、はじまる映画の感想にもどる

『硫黄島からの手紙』(第1回〜清水編に行く)

『硫黄島からの手紙』(第2回〜伊藤編に行く)

『硫黄島からの手紙』(第4回〜栗林中将編に行く)

『硫黄島からの手紙』(第5回〜西郷編に行く)

『父親たちの星条旗』1回目の感想に行く

『父親たちの星条旗』2回目の鑑賞に行く

『父親たちの星条旗』3回目の鑑賞に行く

『父親たちの星条旗』4回目の鑑賞に行く

 

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