(闘)『ミリオンダラー・ベイビー』

ロサンゼルスのダウンタウンにあるボクシング・ジム。その名も「ヒット・
ピット」では、オーナーのフランキー・ダン(クリント・イーストウッド
御大)と雑役夫を務めている元ボクサーのスクラップ(モーガン・フリー
マン御大)この二人でやりくりしている小さなジム。ここから大きくなって
巣立っていく者も居れば、夢を求めて駆け上がってくる者も居る……。
そんな中、ふらりとこのジムを訪れた者が二人……一人は、ハートだけは
大きいが才能と体力はからっきしなデインジャー・バーチ(ジェイ・バル
チェルさま)と、金はないが根性と熱意は惚れ惚れする程のマギー・フィ
ッツジェラルド(ヒラリー・スワンク御嬢様)だった。マギーが駄目を
承知の上でフランキーに「専属トレーナーになって」と懇願しても、頑固
者のフランキーは、首を縦に振らない。フランキーはハナから女ボクサー
を育てる積りは無かったし、マギーには31歳と言う年齢と……俺も薄々
気がついていたんだが、独学で学んだため基礎がなっちゃ居なかった事だ。
気が付いていたら……奴さん。いつの間にかマギーを弟子として育てはじ
めていた。それは奴のもとから去っていった娘さんと何処か似ていたから
かも知れない……。二人のタッグは確かに効果があった。試合は連戦連勝
だがその先に、かつて俺が見舞われたよりも残酷な運命が待ち構えている
ことなんて……神様だけが知ってたのさ。

 

本年度アカデミー賞4部門を制した本作品。(作品、監督、主演女優、助演
男優)それぞれに文句の付けようがありません。ただ願わくば、映画界の
ルーキーであるポール・ハギスさまに脚色賞を与えたかった所。
40歳でボクシングを始め、70歳にて作家となったF・X・トゥールの
短編集『テン・カウント』(文庫版として『ミリオンダラー・ベイビー』と
してハヤカワNV文庫で読めます。¥780)この中の『ミリオンダラー・
ベイビー』と『凍らせた水』をベースに本作品が仕上がっています。

冒頭の映画紹介を珍しくモーガン・フリーマン御大が演じたスクラップの
語り調で行ったのは、この映画のスタイルに”一人称の語り”(と言っても
実際には「神の目」の三人称に近い)が、とても見事に融合しているからな
んです。

原作から言えば『ミリオンダラー・ベイビー』の方は、フランキーとマギー
との関係。そして『凍らせた水』はスクラップとデインジャー・バーチの
関係を中心に描いております。どうでも良いことですが、レモン・パイ云々
の薀蓄と止血の描写に関しては『モンキー・ルック〜猿顔』からの引用。

後半の描写は避けて通りたい鬼門なんですが、これは後で触れるとして……
この映画、やっぱりモーガン・フリーマン御大が居たからバランスが取れた
のかなぁ……と言う気が致します。
後半の描写……鬱の時に観たんで、その時には鬱に染み入って良い薬となり
ましたが、明るい精神状態になるとジワジワと効いてくるんですよ。




映画を観た後でお読み下さい




 










マギーは、タイトル戦の時に頸部並びに脊髄骨折を起こし、自力では喋る事
しか出来ない全身不随の状態に陥ってしまうんですねぇ。
そして……安楽死の問題ですとか……彼女の財産を巡って肉親が財産を横取
りするとか……幾つか見たくないシーンがあります。
マギーの母、アーリーン(マーゴ・マーティンデイルさま)は、確かに金の
亡者となった女性でありますが、自分の場合、ああやって病院迄駆けつけて、
委任状にサインさせる真似はしませんけど、病院に行かない……つまり、
見舞いに行かない事はやっておりました。実は今は亡き父と呼ばれる方が
病名【多発梗塞性痴呆】により、家族総出で養老院に強制入院させた時点で
も自分は何もせず、見舞いに行ったのも一度きりでした。
彼の場合も死の直前に脚が壊疽になり、「切るかどうするか?」を母が尋ね
たところ「切るのは嫌だ」と言い、その一週間後に臨終を迎えました。

そうした訳でフランキーの如く、始終病室に居るなんて我慢は自分には無理
なんです。因ってこの映画を真正面から語ることは避けて通りたい鬼門なん
ですね。永遠に逃げ続けられるものなら避けて通りたいものです。m(_)m

そうした閉塞的状況から救っているのが、スクラップとデインジャー・バ
ーチを描いた『凍らせた水』なんです。「幽霊が戻ってきた」と語っていま
したが、原作ではコテンパンにバーチがやられた末に、自分の限界を悟り
独りジムを出て行って戻ってこない設定になっております。
ところが、映画ですと……確かに出て行ってしまうのですが、映画の終盤
にデンジャー・バーチは、出戻りを果たすのです。

フランキーが居なくなって……後に残ったのは、スクラップと一人トレー
ニングに励んでいる会員さんだけ。かつての賑わいは何処へ……。
そんな中、彼が戻ってきた……相変わらずの役立たずで多少煩い存在です
が、そこに自分の姿を重ね合せてしまうんですね。日記にも書いています
が、自分の場合もジムに通っていますが、変化は哀しいことに今一つ。
デンジャー・バーチの如くジムで大口は叩きませんが、隅っこの方で地味
にトレーニングをしています。(^^;
バーチの如く、限界を判ってしまっていて「このジムに自分は必要だろう
か?」或いは、この世界で自分は役立たずなのでは無いか?と時折考えたり
もしますが……役立たずは役立たずで、「無用の用」がある\(^o^)/
限界を知っていても、頑張っていれば誰か見ていてくれる人が居る……。

本筋である『ミリオンダラー・ベイビー』の方には、より重厚で悲劇的
な要因(フランキーの娘の存在等)を加え、その脇筋である『凍らせた水』
で、原作では救えなかったデンジャー・バーチに希望を与えさせている。

人生に対して前向きに真摯に生きている方の目からすれば、自分のこうした
見方は甘い誤魔化しと捉えられてしまうかも知れません。ですが…本筋だけ
の展開だったら、とても映画感想を挙げる気には為らなかったのは事実です。

で……ラストのスクラップの語り「君のお父さんはそういう人だった」と
言う言葉が暗示している通り、フランキーは、自分で死を選択したのでし
ょう……。

人には背負い切れない荷物でも頑張って背負っている人と、背負わないで
逃げている人の二つがありますが……後者である自分には、フランキーの
事を本当に語れる資格はありません。そのかわりに自分の分身とも言える
デンジャー・バーチの事を語ってみた次第です。

初代「大河浪漫を愛する会」大倉 里司
2005年6月1日(ワーナー・マイカルシネマズ市川妙典にて鑑賞)

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