(檻)『フローレス』

「この世に完璧な人間など居ない」が、この映画のコピー……そして、この
『フローレス』も完璧な映画では無い……出来栄えから言ったら、これよりも
遥かに上の作品がゴロゴロしている。が……この作品程「愛しい」作品はそう
そう御目に掛かることも無い……。

ロワー・イーストサイドのアパートに住むウォルト(ロバート・デ・ニーロ様)
は、元警官で如何にもオヤジって感じの中年男。一方、斜め上の部屋に住むラ
スティ(フリップ・シーモア・ホフマン様)はドラッグ・クイーンでもあるプ
ロの歌手。保守的な頑固者と革新的な自由人。2人の共通項といったら同じア
パートの住人ということぐらい。彼らが仲良くなることはない“犬猿の仲”。
だが、とある事件の時に、ウォルトは脳卒中の発作を起こしてしまい倒れてし
まう。一命は取り留めたものの、半身不随で外に出れば、晒しものにされてし
まうことを怖れたウォルト。そんななかリハビリ中に、医師から発音障害のリ
ハビリには歌がいい、とアドバイスされ、最初は他の歌手を紹介されたが……
ひょんなことで近場のラスティに教えを乞う為、扉を叩いたことから二人の交
流がはじまった……。

確証は無いし、単なる推測なんですが、この脚本、製作、監督を務めたジョエ
ル・シューマカーは、ゲイでは無いのかなぁ……と思うんですよ。表にはして
いないけれども、『愛の選択』でも、主役はジュリア・ロバーツなのに、共演
のキャンベル・スコット様の御姿が「異常な迄にキレイ」でして完璧にジュリ
ア・ロバーツが浮いているんです。シューマッカーの作品で良いと思ったのは、
『セント・エルモス・ファイアー』と『愛の選択』、そして今回の『フローレ
ス』だけでして……この3作品の共通項は、「男が良く撮れている」と言う点
なんですし、今回の『フローレス』にしても、脚本が欲張り過ぎな感じがする
ものの、それでも佳作の域に達しているのは、「共感」があるからなんですね。

今回は前置きが長くなりましたが……ラスティを演じた、フィリップ・シーモ
ア・ホフマン様は、『蜘蛛女のキス』のウィリアム・ハート様を凌ぐ名演です!
彼が「押しの芝居」をして……ウォルトを演じたデ・ニーロは、主役であるにも
係わらず「退きの芝居」なんです。

デ・ニーロの場合、半端じゃなく上手いのは、言わば常識ですが……使う側に
取っては非常に厄介な役者でして、主役を張らせたならば、それ相応の作りを
しないと彼独りが突っ走って、アンバランスになってしまうし(80年代後半
以降の主演作はその傾向が強く……スコセッシですら引き摺られている感じを
受けます)で、片や脇役として使うにしても、どこに置くか?が非常に難しい。
今回は、主役にも係わらず上手くバランスが取れている希有な例です。

そのデ・ニーロの胸を借りて、押し捲るフィリップ・シーモア・ホフマン様……
彼の一挙手一動が泣かせるんです……古風なゲイ映画にありがちなコテコテの話
ですが、自分ではどーしよーもない女装のオカマだと判っている……。それを隠
すかの様に強がってみたりするんですが、ウォルトに痛いところを衝かれる。
かと言ってウォルトも……そんなにタフでは無い……ラスティとは違っても、
やはり愛する人が居た訳で……その人が離れてしまった傷を抱えこんでいる。

この二人のシミジミとした会話が良いんです……妻子持ちのイタリア人の男に
金を渡して、暴力を振るわれながらも決して彼の悪口は言わないラスティ姐さん
の御姿に爆涙……

片や、ウォルトが娼婦だと思って軽蔑していたティア御嬢様(ダフニ・ルービン
・ヴェガ御嬢様)が自分のところを訪れ、「俺には金が無いんだ……」と言う
シーンでも爆涙……

立場は違えども、御二人とも「愛する人を得られない苦しみ」があるんですね。
そして、ラスティを囲むドラッグ・クイーンの御姐さん方も、背広組みの共和党員
のゲイの党員から白眼視されている……

この映画には「立派な人」は誰一人おりません。だからこそ愛しい作品なんです。

「大河浪漫を愛する会」大倉 里司
(2000年9月10日 銀座シネパトス1にて鑑賞)

BGM:Aimee Mann『One』

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