(時)『ヨコハマメリー』

歌舞伎役者のように顔を白く塗り、貴族のようなドレスに身を
包んだ老嬢が、ひっそりと横浜の街角に立っていた。本名も年
齢すらも明かさず、戦後50年間、娼婦としての生き方を貫いた
ひとりの女。かつて絶世の美人娼婦として名を馳せた、その人の
気品ある立ち振る舞いは、いつしか横浜の街の風景の一部ともな
っていた。「ハマのメリーさん」人々は彼女をそう呼んだ。
そんな彼女が横浜の街角から姿を消したのが、今から11年前の
1995年の冬の出来事。
殆どの住民にとっては「風景」の一つだったメリー嬢ですが、
中には他人とは思えない境遇の故、親密になった方も居られ
ました。それが今回の映画のもう一人の主人公。ガンに侵され、
余命いくばくもないシャンソン歌手・故、永登元次郎さま。
元次郎さまとメリー嬢を取り巻く人々から浮かび上がってきた
「戦後」とは一体なんだったのか?

何と監督は本作がデビュー作となる「若干30歳」の中村高寛
さま。この撮り方どう考えても50代を迎えた人の視点だなぁ
……と「大河浪漫の匂い」が濃厚だった故にビックリ仰天!

優れたドキュメンタリーに欠かせない要素が3つありまして、
「人」、「場所」、「時代」が文字通り「三位一体」となって
映像に昇華されていく様は正に秀逸。

5年間の間カメラを廻し続けていただけありまして、「言葉」の
一つ一つの意味がとても重たいんですよねぇ。

元次郎さまは、母親が男を作って自分が疎外された故「パンパ
ン」と実の母を呼んでしまった事から母との関係が断絶、メリー
嬢に「母親」を見出し、またかつて「女装の男娼」として街角
で男を引いていた2年間の日々。言わば「同士」としての関係。

今でもそうですが、男娼と言っても「美少年」が「男を引く」の
と「普通のオヤジが女装」するのでは、客層も引っ張る額も雲泥
の差が出てくるんです。

メリー嬢もかつては「将校」のみで、「兵卒」には一切声を掛
けず、どこの組織にも属していなかった「高級娼婦」の部類だ
ったのでしょう。他の女性達同様に米国に渡った方も居ります
し、見切りをつけて商売を始めた女性も居ります。ですが、た
った一人、かつては戻ってくるかもしれない「男」を待って
横浜と言う都会の片隅で敢えて目立つ様に生きてきた……。

これも映画の中で風俗ライターの故、広岡敬一さまが語られた
言葉なんですが、「パンパンには3種類居て、白人専門、黒人
専門、そして口が利けない「おしパン」の3種類が居た」
実は……「おしパン」に関してはどうかは定かでは無いんです
が、米兵を愛した女性達の間では、今でも「白人専門」、「黒
人専門」が明確に分かれており、ファッション、髪型を観れば
その違いは一目瞭然。自分も昔は白人さん専門でしたが、最近
は色が白かろうが黒かろうが、掘ってくれれば良いってな所迄
堕ちたと言うか開き直ってしまいましたねぇ……。
でも、そんな体験をしたからこそ判ると言えば判ることもある
んです。

世界的な舞踏家大野一雄先生の御子息で、やはり舞踏家の大野
慶人さまが、シルクセンターの香水売り場でメリー嬢を見たとき
の情景……「キンキラさんは、それこそ慈しむように香水の瓶
を眺めていたわ」

自分は生前一度も御逢いしない侭他界されてしまったメリー嬢で
御座いますが、生前御逢いしていたらどんな感想を持っていたの
か?そして、この映画を観てどんな追体験をしたのか?

様々な想いがこの映画を観ていて過ぎりました。現在、横浜と
新宿でしか上映していない本作ですが、逆に六本木ヒルズの中
の映画館では絶対に上映して欲しくない映画です。
この映画には混沌と猥雑さが似合います。泥の中にこそ蓮の花
は咲くのです。

初代「大河浪漫を愛する会」大倉 里司
「裏社交界の徒花」マダム・DEEP
(2006年5月10日 テアトル新宿にて鑑賞)

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